『まるで天使のような』マーガレット・ミラー

『まるで天使のような』マーガレット・ミラー

カナダ出身のマーガレット・ミラーが、この小説を書いたのは1962年。創元推理文庫から新訳で復活しました。

山中で交通手段を無くした青年クインは、"塔"と呼ばれる新興宗教の施設に助けを求めることに。そこでクインは一人の修道女に頼まれ、オゴーマンという人物を捜すことになります。しかし彼は5年前、謎の死を遂げていました。なぜ外界と隔絶した修道女が彼を捜すのでしょうか。

まるで天使のような (創元推理文庫)
 

初めて読んだので、過去のものと比較したわけではありませんが、新訳ということでとても読みやすかったです。人里離れた新興宗教の施設が出てきたときは、マインドコントロールされた人物が繰り広げる犯罪ものか、と思い、防御体勢に入りました(何のことだか)が、そういう話しではありませんでした。

ギャンブルですってんてんになり、ヒッチハイクした車に乗せてもらっているというファーストシーンのクインからは想像できなかったのですが、意外にも彼はかなり硬派な行動をとります。そして読み進めてゆくうち、彼の信念やユーモアのセンスに好感を持つようになりました。

彼はかなり徹底して捜索を進めるのですが、なかなか真相には近づけず謎は深まります。読んでいる私自身も途中で浮かんだ疑問から逃れられなくなりました。そして、最後の最後で真相がわかり、その疑問から開放されました。マーガレット・ミラーが心理サスペンスの名手といわれる理由が少しわかったように思います。

 

『死体泥棒』パトリーシア メロ

ドイツ・ミステリ大賞第一位に輝いたブラジルのサスペンス小説です。
国境近くの街で暮らす「俺」は、ある日、郊外の川に自家用機が落ちるところを偶然目撃します。駆けつけたものの飛行機のパイロットは死亡。機内にあったコカインを持ち去ったことを発端に、予想外のトラブルに巻き込まれていきます。

死体泥棒 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死体泥棒 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

一人称「俺」の視点で話しが進みます。この小説は、台詞に括弧を使わないスタイルをとっています。たとえばこんな感じ。「エリアーナなんか叩き出しちまえよ。と俺はモアシルに言った。だらしない女には尻に一蹴り食らわせりゃいいんだ。顔だって不細工なんだし。エリアーナが?不細工?その言葉はモアシルにはカチンときたらしい。」

ここで「エリアーナが?不細工?」と言っているのはモアシルです。最初は少し違和感があったのですが、慣れてくると、「俺」目線の状況がありのままに伝わり、テンポ良く読めます。

息苦しいほどの熱さ、貧困と腐敗がはびこり麻薬カルテルによってコントロールされる街で、ずる賢い実存的な「俺」の話しはどうなってゆくのでしょうか。その結末は、私にとっては意外なものでした。これも「あり」なんですね。